六方位


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正月休みにamazonプライムを利用して 邦画をいくつか観た。
「舟を編む」もその一つで、そこに出てきた 「右」を定義する話が面白かった。

広辞苑を引くと、  右:南を向いた時、西にあたる方。
とある。
では南はどうなっているかというと、  南:日の出る方に向かって右の方向。
となっている。
西は日の入る方角、東は日の出る方とされているのでこれを採用すると、 南とは、東に向かってその方角を向いた時の方向が、 その方角に向かって西を向いた時の方向と一致する方角のこと、となり、 右とは、東に向かってその方向を向くと、向いた方向から さらにその方向を向いた時に西が見える方向のこと、となる。
これでは南は北でも成立してしまい、右は左でもよくなってしまう。

上下、前後、左右の六方位の中で、左右ほど曖昧なものはない。

上下にあたる概念は、ポテンシャルエネルギーによって規定され、 ポテンシャルの低い方が下、高い方が上と呼ばれる。
人間は地球の重力ポテンシャルに支配されているから、 通常は地球の中心を基準にして、近い側が下、遠い側が上である。
電荷を帯びた物体が電磁ポテンシャルが支配的な世界に生きていたら その電磁ポテンシャルを基準にして上下の概念ができるだろう。

前後にあたる概念は、進行方向によって規定され、 進む方向が前、戻る方向が後と呼ばれる。
この概念が生まれるためには、そもそもその物体が非対称な構造を もっている必要がある。
放射状の体をもつ生物には前後の概念に意味がない。
多くの脊椎動物は口が前にあるが、栄養摂取機関としての 口を進行方向に配置することが生存上有利にはたらきそうだと 考えられるので、むしろ口がある方に進むためにそちらを 前と呼んでいるというのが正しいのかもしれない。

果たしてここで左右に至るとき、右はどのように定義できるか。
人間の身体は、左右に関しては概ね対称な構造をもっているので、 そもそも左右という概念は前後に比べると必然性が低い。
だから鏡に映った姿を見て左右が反転したと認識するのだ。
言語の発生よりも前に、左右の概念を作るのは難しいだろうか。
(ここで「前」という表現が使えるあたりに、時間が非対称な構造を もつという共通認識があることがわかる。しかし時間に言及するときには 進む方向を「後」、戻る方向を「前」と呼ぶ。何故だろう。)

地球上の生物にとってのもうひとつの支配的な因子に自転がある。
生命維持に必要なエネルギーの多くを太陽から得ているので、 太陽光の照射範囲を決定する自転を基に方向概念ができてもおかしくはない。
北半球と南半球で左右の概念が反転するということはなかったのだろうか。
まあおそらく反転していたところで身体の構造がほぼ対称なので あまり不便はなく、右と左にあたる語が逆に翻訳される程度だろう。

右とは、上下前後ではない残り二方向のうち、文化的に決まる一方のことである。
往々にして多数派であることが多い。