SAIKAWA_Day06


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原因として名指されるにあたって、特定の結果と結び付けられる場合は 「責任」、結果が不特定の場合は「責任感」と呼ばれる。
「浮遊」と「浮遊感」の違いみたいなものだ。

結果が特定されないのは、ほとんどの場合、まだ結果が生じていないからだ。
結果が生じることで、「責任感」は「責任」へと姿を変える。

ある原因と結果のペアがあったとき、 結果に先行して原因が定められる場合、 原因に対する「責任感」が結果に対する「権利」を生み、 逆に、原因が後から定められる場合、 結果に対する「自由」が原因に対する「責任」を生む。

そう、権利に付随するのは義務ではなく責任感である。
だから、

責任を問いたいがために自由が想定される。
An At a NOA 2016-09-05 “表現の自由

というのは、本来は「責任感を問うことで権利を想定する」という 順序である方が潤滑に物事が進む気がする。