生命、エネルギー、進化
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ニック・レーン「生命、エネルギー、進化」を読んだ。
ベルクソンの哲学書もあれはあれでよいのだが、
問を立て、多くの可能性を提示し、可能なものは
検証した上で、検証に耐えるものをもって予測する
というスタイルは、とても科学的であり、個人的には
こちらの方が好きだ。
科学的というのはつまり、真理を仮定した上で
オッカムの剃刀を振り回すということになるが、
それがいわゆる真実であるかどうかよりも、
その理由付けの過程自体がとてつもなく面白い。
対象を抽象することでシミュレート可能になり、
空間的にも時間的にも隔たった対象についての
考察が可能になる。
抽象によってできる秩序がつまり生命だとすれば、
アルカリ熱水噴出孔の周囲における、エネルギーの
継続的な流れがつくる散逸構造が生命であるという
見方にも共感できる。
H2やCO2、岩石といった無機物から、天然のプロトン
勾配を有する膜を介して、HCOOHのような有機物ができる。
その地球化学的プロセスが、対向輸送体の誕生によって
生化学的プロセスへと分離され、細胞になる。
地球化学的、生化学的というのは便宜的な弁別に過ぎず、
「生命」という語の定義の難しさを表しているように思う。
しかし、そこには常に炭素やエネルギーの流れが伴っており、
静的平衡状態に至るまでに維持される、淀みのような
動的平衡状態としての秩序のことを、抽象された生命と
捉えるのがよいのかもしれない。
なぜ古細菌と細菌が異なるのか。
なぜ真核生物は古細菌を宿主として細菌が共生したものと
みなせるのか。
なぜ真核生物には、核、有性生殖、死といった共通の
特徴があり、古細菌や細菌にはないのか。
なぜ真核生物はこんなに大きくなれるのか。
なぜ性はふたつなのか。
なぜプログラム細胞死は起きるのか。
…
その他にも、たくさんのなぜが詰まっている。
高校生物程度の知識しかないので、詳細についての整合性は
わからないが、これらに対する理由付けが一つ一つ丁寧に
なされており、とてもスリリングだ。
先にも触れたように、この内容が真実であるかはあまり
重要ではなく、その科学的態度の誠実さがよいのだ。
むしろ、コンセンサスが得られている様を正しいと形容
するのであれば、誠実な科学的考察に基づく推論こそが
正しいと形容されるようになるべきだろう。
p.s.
本文の中で、著者はシュレーディンガーの「What is Life?」は
「What is Living?」であるべきだと述べているが、むしろ本書全体を
通して、WhatではなくWhyなのだということを大切にしているように
感じられる。
「Why is Life the Way it is?」という原題にもそのことが現れており、
問いかけの素朴さと論理展開の明快さがとてもよく集約されていると
感じるのだが、ここからWhyもthe Wayも抜いた邦題にしてしまうのは
どうかと思う。