熱学思想の史的展開
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エントロピー以降だけだが、山本義隆「熱学思想の史的展開」を読んだ。山本義隆には高校時代に「物理入門」でお世話になり、高3の夏休みには御茶ノ水で授業を受けた。もう一回りも昔の話だ。
クラウジウスからギブズに至るエントロピー概念の確立の話がとても読みやすく展開されている。エントロピーというのは一言で表現するのがとても難しい概念だが、何故それを考えついたのかという歴史的経緯を知ると、なんだかわかったような気がしてくる。
大学の熱力学や統計力学の授業で出てくる、自由エネルギー、エンタルピー等の概念は、ほとんどが数学的な式変形の結果として提示された記憶がある。これらも全く意味がわからなかったのだが、図32.4のようなギブズ空間上の熱力学的曲面とその接平面を考えることで、エネルギーU、体積V、エントロピーS、圧力P、温度Tをも含めたかたちで幾何学的に把握できることを知ったとき、笑うしかないくらい腑に落ちた。相平衡がそれぞれの相に対応する曲面への共通接平面として描像されるところなど、感動すら覚えるレベルである。
ギブズによる第1、第2法則の換言がとても好きだ。
世界の活動性を与えているのはエネルギーであるが、それを制約・制御しているのはエントロピーであり、その結果として反応はエネルギーまたはエンタルピーの減少とエントロピーの増大のかねあいで決まり、動力(仕事)は自由エネルギーから引き出される 山本義隆「熱学思想の史的展開3」p.274
エントロピーは、それが増大する方向にエネルギーの変化を制御するが、やはりそれは時間と関係しているだろうか。
第34章からあとがきにかけては、人間の活動が空間的に地球規模に拡がり、産業革命によってエネルギー的にも拡がった時代において、いかにしてそれらを把握するかという自然観を踏まえた内容となっており、熱学思想が必ずしも現代物理学の前段階ではないという視点が置かれているのがよかった。ますます物の拡散が進む時代において、
生存条件の維持にとって決定的なことは、エネルギーの枯渇 ではなくあくまでもエントロピーを増加させないメカニズムが エネルギー(熱)を媒介として作動していることにある。
同p.335
という視点を提示しているのは、重要な意義をもっていると思う。
船底の水を掻き出すように、エントロピーが増大する海の上でエネルギーを媒介としてエントロピーを減らす。船にあたる膜は、細胞膜であり、皮膚であり、家であり、大気であり、膜によって海から分離されたそれぞれの島は、いずれも等しく生命的である。エレホンのようには極端ではないにしろ、エネルギー問題と同じように、エントロピー問題が広く一般に議論される時代も来るだろうか。
こういった研究の末にエネルギー問題は解決したとして、その先にはエントロピーの問題があるだろうか。それはつまり、生命という秩序の限界についての問題である。
An At a NOA 2016-09-09 “常温核融合”