体で覚える


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体で覚えることができる行為は、深層学習のような 理由を介さない抽象過程によって複製した方が、 複製の再現性が高まる。

鋼構造建築の分野で言えば、例えば溶接はこれに当たる。
溶接工の体、溶接棒、溶接対象に位置センサを付け、 視覚、聴覚、温度、湿度、風等の情報と同期させると、 溶接作業に関わる一連の時刻歴データが手に入る。
いろいろな板厚、鋼種、作業姿勢、気候条件の下で とったデータを下に深層学習することで、「自然な」 溶接作業の動きが複製できるだろう。
限られたデータのみ用いるため、この複製は完全なものには ならないが、データの種類と粒度を上げることで、必要な 精度を確保することはできるだろう。

そして、いまポールの目の前にある、このボックスの中の 小さいテープの輪、これこそはあの日の昼さがりに旋盤と 相対したルディ―動力の伝達者、スピードの設定者、 切削工具の調節者のルディだ。
カート・ヴォネガット・ジュニア「プレイヤー・ピアノ」p.25

現状では、言葉である程度の作業内容を伝えた上で、 後は人間が物理的身体を駆使してトライアンドエラーで 作業を複製する。
後半部分は自動化できるのではないかということだ。

作業手順は心理的身体、コツは物理的身体の領域である。
An At a NOA 2016-12-05 “FPGAの透過的利用

引用したツイートの内容に対して、職業訓練校と大学を 分離して運用する案を唱える人もいて、現状としてはそれが妥当な 解決方法なんだろうなとは思う。
しかし、職業訓練校に対して期待されるのが、体で覚えられる 類の行為の獲得なのであれば、それはいつか人間の物理的身体に やらせることではなくなる可能性もある。

上記のような理由を介さない複製が行えるようになると、 ウィーナーが指摘するような、奴隷労働との比較が生じる。

しかしながら奴隷労働と競争する条件を受けいれる労働は、 どんなものであっても奴隷労働の条件を受けいれることであり、 それは本質において奴隷労働にほかならない。
ウィーナー「サイバネティックス」p.74

何かを体で覚えることは、英語で言うとmasterであり、 ある行為を理由を挟まずにできることは、人間の歴史において 長らく憧れの対象だったように思う。
これは心理的身体に対する物理的身体の優位性を示しているだろうか。
人間が物理的身体以外のハードウェアに依存するようになったとき、 「体で覚えるmaster」ことが「奴隷slave」に至る道へと変わって しまうのかもしれない。