下人の行方
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下人の行方、それはまた善悪の行方でもある。
下人や老婆の生命を維持するという善に対し、
引剥や死体漁りという悪が対峙する。
しかし、下人が確定していると思い込んでいた
善悪の基準は、老婆との出会いによって揺らぐ。
餓死すること、盗人になること、死体から髪を
抜くこと、蛇を干魚として売ること。
これらはいずれも単体で善や悪であることはなく、
通信する相手、場所、時代によって変化する
善悪の基準とともに、善であるか悪であるかが
裁定される。
老婆の論理に従い、単純に生きることを善として
優先し、盗人になることを受け入れたのであれば、
下人の行方ははっきりしたはずだ。
芥川がそのラストを書き直し、行方知れずとしたのは、
善悪の基準の変化とともに、善悪の行方もまた変わり
得るものだという「羅生門」の主題に合わせたという
ことだと思う。
そしてこういった解釈もまた、ある一つの善悪の基準
でしかないのだから、何を「本当」とするか、すなわち
「下人の行方」は、「羅生門」について語り合う度に、
その都度決められてよいものなのだと思われる。
下人の行方は、誰も知らない。
芥川龍之介「羅生門」