理由付け


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MIT technology reviewもHacker newsも AlphaGoとLee Se-dolの対決の話が盛んだ。

第1戦はAlphaGoの勝利だったようだ。
遅かれ早かれこういった日が来るのは確実であったが、 予想以上に早いという意見が多いようだ。

今のディープラーニングの仕組みには、明確な理由付けのプロセスがないように思う。
画像認識にしろ、碁の手順にしろ、こういうパターンだからこうだ、 という理由付けを行うような仕組みではなく、大量のデータと正否の判断基準を 与えることで、自然と評価機関ができあがる。
フーリエ変換をして、スペクトルの形状がこうだからこういう現象である、 といった、論理的に整然としたアルゴリズムによる画像認識は、 ディープラーニングに完全に負けたと言ってよい。
それは、科学がモデル化によって現象を把握しやすくするための抽象操作 であることから、どうしても精度に限界があるということなのかもしれない。

MIT technology reviewの記事の一節に

and they will often struggle to explain why a particular position seems promising.

という箇所がある。
人の顔を見て、この人だと認識するプロセスにおいても、 その理由を説明することはほぼ不可能だ。
これらはディープラーニングが理由付けのプロセスをもたないことと 本質的には同じことなのだろうか。
これらの認識が無意識のうちに行われることを考えると、 既に無意識は実装されつつあるのかもしれない。

人間は何事にも理由を付けたがる。
因果律というかなり強い条件が前提されやすいのも、 こういった人間の性質が共通しているからだろう。
理由を付けることで判断の短絡が可能になる。
これが意識なのだとすれば、意識とは、評価機関に理由付けを実装したもの なのかもしれない。

理由付けは因果律と一体であり、宗教、科学、常識、習慣、痴呆等を生み出した。
神とは、抽象された原因である。