ブロックチェーンとしてのSNS
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コンセンサスに基づく履歴が連なった記憶は、
ブロックチェーンとしての役割を果たす。
facebook、twitter、InstagramなどのSNSは
その代表格だ。
個々のアカウントは、複数の人間が管理して
いるかもしれないし、一人の人間が管理する
複数のアカウントの一つかもしれないし、
ボットかもしれない。
しかし、そんなことは関係なく、投稿された
内容にいいねがついたりリツイートされたり
することでその内容が履歴としての濃さを
獲得し、ブロックチェーンの一端を担う。
twitterは中央集権的にアカウントの真性を
示すようになったが、本来は〈監視〉ではなく
〈環−視〉によって担保されるはずのものである。
フェイクニュースの問題も同じであり、
Googleやfacebookが裁定することはブロック
チェーンとしての在り方を崩すことになる。
情報は、その発信元ではなく、共有履歴によって
真性を得ることになる。
正しいからコンセンサスに至るのではなく、
コンセンサスが得られている様を正しいと
形容するというのは、そういうことだ。
ブロックチェーンが個として抽象されるには
何かしらのハードウェアを手がかりにする
必要があると思われ、個の同定され方にも
依存するハードウェアの影響が出る。
人間の物理的身体とロボットの躯体が異なる
のであれば、〈環−視〉する者によって区別が
見出されるかもしれないが、同種のハードウェア
上に実装されるのであれば、個は同じように
同定されるはずだ。
あるいは、ソフトウェア的なハードネスは、
言語によっても獲得できるように思われる。
文法の正しさ、てにをはの自然さ、単語の
選び方、その個が言いそうな内容、などに
よって「固さ」が確保され、公開鍵暗号の
「固さ」の代わりを果たす。
この「固さ」が〈環−視〉に耐えられなければ、
そのアカウントが乗っ取られたとみなされ、
当該アカウントに紐付けられた個は、一時的に
解体される可能性もある。
人間の心理的身体と人工知能の差というのは、
ソフトウェア的にはおそらく解消可能なもの
だと思われる。
すなわち、同種のものとして〈環−視〉される
ことに耐えるだけの精度のブロックチェーン
として複製や再現し得る。
人間と機械を究極的に分け隔てるのはハード
ウェアの方であり、人間側からでも機械側から
でも歩み寄ることができるのであれば、人間は
妊娠、出産以外の方法で人間を複製できるように
なるはずだ。