知覚と感覚


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デジャヴュとジャメヴュの話で少し触れたが、 知覚と感覚は異なる。

知覚は物理的身体に入力された情報の抽象であり、 非同期的に処理される。
感覚は心理的身体に入力された情報の抽象であり、 非同期処理である知覚を同期化することで得られる。

SAIKAWA_Day18で取り上げられたコーヒーの味の話は、 知覚についての話として捉えればAIの圧勝であるが、 感覚についての話となると話は別だ。
感覚には、味覚、嗅覚、視覚等の五感センサの処理結果 だけでなく、豆の産地や誰が淹れたかといった情報も まとめて抽象できる。
その結果、AIが淹れたものよりも人間が淹れたものの方が 美味しいと「感じられる」ことはあり得る。

それでよいのだ。

p.s.
日本語でも英語でも、知覚と感覚の語の使い分けが ごちゃまぜになっていて、何という訳語を付けるのが よいのか迷う。
とりあえず知覚sensation、感覚perceptionとしておこう。

2016-12-14追記
ギブソンのThe Senses Considered as Perceptual Systemsでは、 「感覚作用なき知覚はあるが、情報なき知覚はありえない。」の 原文が、

there can be sensationless perception, but not informationless perception.
J.J.Gibson“The Senses Considered as Perceptual Systems”p.2

となっている。
知覚をperception、感覚をsensationとした方がよさそうだ。