局所と大域


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研究テーマが局所安定性と大域安定性の話に至り、 熱力学や統計力学、エントロピーに関する本を 読んでいる。

イリヤ・プリゴジンとディリプ・コンデプディの 「現代熱力学」は、非平衡系まで視野に入れて エントロピーと安定性の話が整理されているので、 何かしら応用できるかもしれない。

系から流出するエントロピーは常に系内に流入する エントロピーより大きく、その差は系内の不可逆過程 によるエントロピー生成により生じる。
(中略) エントロピーを生成する不可逆過程によって組織化 された状態がつくり出されるのである。
(中略) 不可逆過程はこのような秩序を生み出す駆動力である。
イリヤ・プリゴジン、ディリプ・コンデプディ「現代熱力学」p.73

という部分が、おそらくシュレーディンガーの ネゲントロピーが否定される所以だろう。
秩序が形成される部分系には、負のエントロピーが 流入するようにも見えるが、それは秩序の形成が 不可逆過程であるために正のエントロピーが生成 されることの裏返しなだけである。
熱素やエーテルのように、ネゲントロピーも 除霊されたということだ。

相対性原理との兼ね合いでは、熱力学の第一法則、 第二法則がともに局所的だという話が出てくる。

エネルギー保存およびエントロピー生成の非局所的法則は、 同時性の概念は相対的であるので、認められない。
同p.247

ネーターの定理により、エネルギー保存則は時間の 並進対称性と同値であることと、「エントロピー再考」 のように、比較仮説によって時間やエントロピーが 定義できることを踏まえると、このことは、「局所」 というものが、ある一つの順序構造を共有することに よって規定されることの言い換えだろう。

数学の分野では局所大域原理というものもあるようだ。
部分を見ることでどれだけ全体を再構成できるか という意味では、通ずるものがあるようにも思う。

微視的な可逆性がどのように巨視的な不可逆性に つながるかという不可逆性問題は、統計力学の 分野でも決着がついていないようなので、どこまで 踏み込めるかはわからない。

ランダウアーの原理についても、元論文を含む論文集 「Maxwell's Demon 2」を読んでみたが、量子力学の 話まで拡張すると、まだ反論もあるらしい。

あらゆる局所において同じ順序構造が共有されており、 大域でも同じ順序構造が共有されるのであれば、局所と 大域の差はなくなる。
それが啓蒙主義によって進められてきた、近代的な、 機械論的な、要素還元主義的な見方だろう。

順序構造の異なる局所が存在するのであれば、大域に対して 一義的に設定できる順序構造は存在しない。
それは、一意的な理由付けができないことを意味するが、 それでも大域に対して一意的に理由付けすることによって、 局所と大域の間で失われる情報量が、不可逆性につながる というのが妥当な見方な気がしている。