いい子のあくび


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高瀬隼子『いい子のあくび』を読んだ。

以前、性善説と性悪説について書いたことがある。両者はいずれも個人ではなく集団の特性をいうものであり、前者は固定化、後者は発散の傾向を取り上げる。

An At a NOA 2017-08-16 “性善説と性悪説

本書では、「いい子」の対義語は「悪い子」ではなく「やな子」であるから、性「嫌」説とでも言えるだろうか。社会状態においては、万人の万人に対する闘争の決着が予め決せられていることで表面的に凪いだようにみえるだけであり、その裏では日々大小様々な無数のあくびが噛み殺されている。あくびを嚙み殺すことをやめたとき、周囲から浮いた「やな子」になってしまう。つまり「嫌」性とは、調和からの逸脱の傾向である。

An At a NOA 2019-09-05“マックイーン モードの反逆児
An At a NOA 2019-07-09“名付けられぬ逸脱
An At a NOA 2018-09-30“芸術と逸脱
An At a NOA 2018-06-19“逸脱の対義語
An At a NOA 2018-06-19“エロスの涙

嚙み殺されなかった「いい子のあくび」、つまりはマジョリティからの逸脱=モードへの反逆は、調和された世界に一石を投じる。それが、問題提起する芸術となるか、はたまた狂人の犯罪となるかは、その内容ではなく誰がどう見るかで決まる。あくびを一切せずに壊死するか、あくびをし過ぎて瓦解するか。調和は常に試されている。